平和の源である神  ローマの信徒への手紙15.22-33   2021.1.24 

今ここローマ書の結び近くのところを読むにあたり、わたしは古代地図と現代の世界地図を開いてみました。使徒パウロがこのローマ書を書いたのは、56年頃、第3回伝道旅行で訪れたコリントの地においてでした。コリントは今日のギリシアの一都市ですから、この場所から見ると、イタリアのローマは海を挟んで西側、エルサレムも同じく海を挟んではいますが逆の東側にあります。もっとも当時は国としてのイタリアとかギリシア、イスラエルはなく、すべてはローマ帝国の中でした。パスポートやビザが必要であったわけではありません。そんなことも影響しているのかもしれません。今日よりははるかに交通事情が悪かった時代にもかかわらず、大きな視野で伝道を考え、またそのように動いていたことが分かります。

パウロはまずローマ訪問を何度も希望してきたことを語ります。「あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、イスパニア(スペイン)に行くとき、訪ねたいと思います」(22-24節)。イタリアのローマだけではなく、さらには当時の西の果てと考えられていたスペインまで行こうとしていたのです。使徒言行録等をあわせて読んでみますと、何度か妨げられてきたローマ訪問は実現することになります。ただその前にパウロは東のエルサレムを訪ねています。そこで暴動に巻き込まれ裁判沙汰になりました。その一環としてローマへ行くことになります。つまりローマ訪問は確かに実現した、ただしそれは囚人としてローマへ護送されるという形での実現だったのです。使徒言行録はそのローマ到着と、それから2年ほど比較的自由に福音を宣べ伝えたことをもって閉じられています。その後、世界史・教会史から彼の消息は途絶えました。一般には60年頃、時の皇帝ネロのもとで殉教したと言われています。

このように囚人としてローマ訪問が実現したのですが、それはここコリントからまず東のエルサレムへ赴いたことに関係しています。25節でこう述べています。「しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます」。「聖なる者たち」とは、エルサレムに住むユダヤ人クリスチャンのことで、信仰の大先輩というように敬意を表した言い方です。その目的は献金を届けるためのものでした。次に「マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです」とあります。このあたりのことは第一、第二コリント書にも書かれていることで、エルサレムの信仰者たちは信仰の出発点、この道の先輩であり、そういう意味では異邦人は彼らから「霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります」とその理由を述べています。異邦人は「聖なる者たちに」に精神的な恩義があるので、そのお返しとして献金を集め、それを届けようとしていたのです。

ここに「援助」という言葉が出てきます。ここでは募金とか献金といったお金を意味しています。原語はコイノーニアで、通常は交わりと訳す聖書では重要な言葉です。祝祷における「聖霊の交わり」(2コリント13.1)と同じ言葉です。ただ前後関係からここは明らかに献金について述べているわけですから、ほとんどの聖書はここを交わりと訳さず、援助としています。交わりとは普通は共に祈ったり、共に食事やお話しをしたりということを言いますが、こうした具体的な援助もまた交わりなのです。わたしたちの教会が毎年クリスマス対外献金を集め、それを神学校や社会事業を営む諸施設に献げています。これもまたコイノーニア(交わり)であり、それが献金という形で具体化しているのです。

ところがパウロのエルサレム訪問は、単純にこの献金を持って行くということだけではありませんでした。そこにはいろいろな思惑があり、また自分がどのように迎えられるかといった不安もありました。残りの30節からの祈りの中には、そうした暗い予感が込められています。「兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、霊が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください。わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対するわたしの奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように」。「熱心に祈ってください」との言葉にその深刻な思いが示されています。ここにはパウロを取り巻く緊迫した状況、従って彼の中にある不安が二つ語られています。一つはユダヤ教信者の熱狂的な憎悪です。もう一つは同じキリスト者であっても異邦人伝道者パウロとは違って、ユダヤ住むユダヤ人キリスト者、その代表であるペトロとか主の兄弟ヤコブたちから歓迎されるだろうかという不安です。というのはパウロが外国伝道をしていたので、数々の誤解も受けていたからです。そのような者の、そしてそのような異邦人教会の献金が、たとえ善意に基づいたものであっても、果たして受け入れられるだろうかというものです。

果たして彼の予感は的中しました。パウロを巡ってエルサレムで暴動が起き、官憲に捕えられました。そして今この手紙を出しているローマへ行くことになりました。そのかねてからの願いが実現はしたのです。ただし囚人としてのローマ訪問という形においてです。その後、スペインまで行けたかどうか分かりません。どこまでもキリストの使者として、その働きをまっとうしようとしたパウロ、そこではこのようにさまざまな困難に直面することになりました。しかしそれにもかかわらず彼には祈りがありました。共に祈る仲間もいました。聖霊が与えてくださる愛によって互いに励まし合うことができたのです。決して一人でがんばり抜いたわけではありません。共に祈り支えてくれる信仰の友がいたからであり、パウロもそうした人々を必要としていたのです。「こうして、神の御心によって喜びのうちにそちらへ行き、あなたがたのもとで憩うことができるように」。これはわたしたちにもそのまま当てはまります。自分の思いどおりいかない環境にあっても、つらいことに直面しても、このキリストの愛と互いに祈り合える信仰の友の支えによって、わたしたちはいかなる困難にも耐え抜き、さらに乗り超えることができるからです。なぜなら平和の源は、ただ神にのみに基づいているからです。

※以下のリンクから礼拝の録画をご覧になれます。

降誕節第5_2021年1月24日配信