使徒言行録13.1~12 (2018.6.17)

使徒言行録は、前の口語訳聖書では使徒行伝と呼んでいました。使徒たちの行動を綴ったものということです。現在の新共同訳聖書は、行動だけでなく使徒たちの言葉の記録でもあるという意味合いでしょうか。また、この書物を聖霊行伝と呼ぶこともありました。使徒たちが具体的に伝道の働きをなしていく。けれどもそれを導いたのは聖霊であるということからです。ペンテコステにおいて弟子たちに降った聖霊は、その後も弟子たちを導いていきました。そういう意味では聖霊行伝、確かにこのタイトルもふさわしいもので、今日の箇所にもそれがよく出ています。

今日の箇所はいわゆる第1回伝道(宣教)旅行の箇所で、西暦47年頃のことといわれています。場所はアンティオキア(現在のトルコーシリアのアレッポ近く)でした。ここが海外宣教の拠点教会となっていったのです。その教会にはどのような人々がいたのでしょうか。ここには預言者、教師といった教会のリーダーが5名リストアップされています。最初に出てくるのはバルナバ。彼はこの時点ではアンティオキア教会のリーダーであり、特にクリスチャンになって間もないパウロの世話をいろいろした人物でした。そのパウロ、まだこの段階ではサウロといい、リストの最後に出てきます。その間に3人います。まずニゲルと呼ばれるシメオン。ニゲルとはラテン語で黒いという意味ですから、アフリカ出身の黒人クリスチャンということが考えられます。次のキレネ人のルキオ。キレネとは現在の地図でいえば北アフリカのリビアにあたります。さらにもう1人は「領主ヘロデと一緒に育ったマナエン」。ヘロデとはヘロデ・アンティパス、イエスのいたガリラヤの領主です。そのヘロデと一緒に育った人です。この人がなぜクリスチャンとなりアンティオキア教会にいたのか分かりません。ただこういう育ちから見ると、彼はヘロデ同様小さいときにはローマで育てられ、そこで教育を受けたということであり、ローマと人脈があったと考えらえます。

このようにアンティオキアの指導者のリストから分かることは、民族的にも政治社会的にも非常に多様性に富んでいたということです。アンティオキア教会がどのような経緯ではかは記されていませんけれど、すでに国際的な教会となっていて、当然そこからさらに世界伝道という大きな展望を持っていたということです。それでも教会の主は人間ではなく神でした。聖霊の働きによって物事は始まるのです。彼らが礼拝していたときのことです(2節)。聖霊が告げました。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって2人に決めておいた仕事に当たらせるために」。彼らは礼拝を守り、祈っていた。しかし最終的に実行へと至らせるのは聖霊の働きによります。「聖霊が告げた」。そこで一同は祈り、彼らに手を置いて(按手礼)出発させました。第1回伝道旅行の始まりです。

最初の訪れた場所はキプロス島です。この段階で2つめの聖霊が語られます。聖霊によって送り出されたバルナバとサウロはキプロス島に向けて船出しました(4節)。聖霊は物事の初めとしてだけでなく、このように途上においてもいつも共にいて、わたしたちを導いてくれるのでした。それは弟子たちのこれからの旅路においても、決して離れることのない神の働きであり、神ご自身でもありました。

なぜ最初の伝道地がキプロス島であったのか。その理由の一つには、ここはバルナバの故郷であったことが考えられます。4章でバルナバはキプロス島出身のレビ族の人と紹介され、彼は自分の畑を売って使徒たちの足もとにおきました。キプロスに土地を持つ地主だったのです。また彼はユダヤ人の祭司の系統に属していたように、この島には多くのユダヤ人が入植していました。キプロスのサラミスに着くと、早速ユダヤ人の諸会堂(複数)を訪れたことからもそれが分かります。

使徒たちは島の東のサラミスから、次に西側にあるパフォスへ行きました。そこへ行ったのは、ここに地方総督がいたからです。開拓伝道を行うためには、その土地の有力な人物を訪ねることは、何かとその後の働きの支えとなるものです。戦国時代のキリシタン伝道、明治維新後のプロテスタント伝道の足跡を見ても、そうした各地域の有力者との関わりが伝道の拠点となっていくことが分かります。ここに興味深い出会いがありました。まずパウロたちはこの町でバルイエスという一人のユダヤ人に出会います。著者ルカは彼について良い表現を用いていません。彼は魔術師であり、さらにもう一つ偽預言者であると記しています。それでも彼は地方総督セルギウス・パウルスと交際をしていた人物でした。このローマの高官は、バルイエスと違って「賢明な人物」と書かれています。いわゆるインテリジェンスの持ち主でありました。どうしてバルイエスといういかがわしく思える人物が、このような人物の官邸に出入りすることができたのでしょうか。その接点は何か。地方総督はユダヤ教の教えに関心があったことは十分推測できます。またルカは魔術師と呼んでいますが、実はこの言葉“マゴス”はもう一回他の聖書の箇所で使われています。クリスマスに出てくる東からの博士です。彼らもマゴス、占星術の学者(賢者)でした。地方総督というインテリが、この預言者と交際をしていたのは、彼もまた賢者であったという側面があったのではないかと思います。

総督は使徒たちを招いて話を聞こうとしました。ところがバルイエスはそれを邪魔しようとしたのでした。そこでパウロが聖霊に満たされて魔術師のにらみつけ、その教えを非難しました。ここに3回目の聖霊が出てきます。それは力としての聖霊です。パウロは言葉と知恵と力をもって、総督の前で魔術師の誤った教えを非難したのでした。すると「魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した」のでした(11節)。それまでの彼は人から手を引いてもらうのではなく、人の手を引く人物でした。ところが聖霊の力を受けた福音を前にして、もはやそのような力は彼にありませんでした。それが自分の手を引いてくれる人を探したことによく示されています。他方、それまで盲目であった地方総督の目が開かれました。彼はこの出来事を見て、主なる神の教えに驚き、信仰に入ったのでした。

地方総督とバルイエス、2人はこの地方における賢者、インテリでした。確かにそうでしょう。ローマの高官にまでなる人物ですから。またそのような人物と交際するまでの人ですから。しかし一面ではこのように知性に満ちた人物ではありましたが、別面ではそうではありませんでした。福音の真理の光に照らされない知性は愚かで、どこかで迷信じみたものに陥る軽はずみさをもっていたのです。それが今、パウロの伝える福音の言葉によって、一方では自分の足では歩けなくなるという無力さをあらわし、他方では目が開かれることによって真の知恵と賢明さが与えられたのでした。